12月31日、實相寺では、除夜の鐘撞きを行います。(→除夜の鐘撞きのご案内)
ところでこの鐘ですが、ひょんな事から鐘ができるときの経緯がわかってきました。
◇實相寺の鐘
鐘をよく見ると、作成年度、作者の銘が彫られております。
作成年度:元禄9年(西暦1695年)4月8日 (おそらく、お釈迦様の誕生日に合わせたものだと思われます)
作成者:京都 三条釜座 貝島浄安、同甚左門、藤原吉信作
實相寺住職:日賢上人(實相寺第27世 観成院日賢上人)
◇今回の新発見
先日、「枚方市立旧田中家鋳物民俗資料館」 の方が實相寺に来寺されました。
枚方の「田中家」について 調査をされている方でした。その「田中家」に残っている古文書に實相寺の名前が入った古文書が出てきたそうです。
「枚方文化財だより」vol.88(PDFファイル)
◇発見の内容
内容を簡単に要約してみます。
○登場人物
・實相寺 日賢上人(實)
・枚方 田中家(田)
・京都釜座 職人(釜)
○お話し
元禄時代のある日の事。實相寺の住職さんは、釣り鐘を作ろうと思案しておりました。肝心の鐘は、大阪で評判の田中さんに頼むことにしました。
實「田中さんさー、今度うちの寺で、鐘楼の鐘作りたい思ってるんやけど、作ってくれへんやろか。」
田「いいっすよ~、任してくださいー。」
そして、田中さんが實相寺にやってきて仕事を始めようとしたところ、京都三条釜座の職人さんから實相寺に問い合わせがありました。
釜「實相寺さん、なんで京都のお寺やのに、枚方の職人に頼んでるんですかぃな??」
實「だってー、知り合いなんやもーん。それに、あんたんとこ、値段高いやろ?」
釜「あきまへーん!!、京都のお寺のことは、京都の職人が面倒みさせてもらいますさかい、向こうさんには断りをいれとくれやす。」
實「うーーん、ほな仕方ありませんなぁ。田中さんには悪いことしたけど、あんたのところに頼みますわ。」
これを聞いた枚方の田中さんは、たいそう激怒しました。
田「くっそー、こーなったら、京都釜座のヤツ、奉行所に訴えてやる!!」←今回、この訴えの文章が発見されました!
時は元禄9年2月。田中さんは、奉行所に訴えました。
ただ、やはり、京都の職人さんは結束が強いのでしょうか、結局田中さんの訴えは退けられた様です。
そして、元禄9年4月、京都釜座の職人によって作られた鐘は、實相寺の鐘楼につられました。
・・・・・と、多少の脚色はありますが、概ねこの様な内容です。
いつの時代も、いろいろなゴタゴタがあるんですね。
最後に、枚方市立旧田中家鋳物民俗資料館の橋本様には、種々調査いただきましたこと、また、いろいろとご協力をいただきましたことをこの場をお借りまして御礼申し上げます。ありがとうございました。
合掌
writer:若ボン
1 Comment
ゆきちゃん
大変興味深く読ましていただきました。
ちょっとしたことにも歴史があるのですね。
生きていた証をどう残しましょうかと思います。